Dear Sister(後編)
著者:shauna


 一方その頃、裏庭では・・・



 カタンッという出口の網を取り外す音と共にすっかり灰色になってしまった髪を揺らしながらシルフィリアが出てきた。

 「ケホッ・・ケホッ・・・」
 涙を浮かべながら咳をする。うぅ・・・思いつきで飛び込んだダクトだが、まさか、あそこまで暗くて狭くて埃っぽいとは思って無かった。そして・・・うん・・・少しダイエットしよう。
 ともかく、なんとか這い出て、地面に降り立つと同時に服を掃う。



 さて・・・これからどうしたものか・・・。
 とりあえず、アリエス様のお姉様が帰るまでは、別邸のジョージアンか、クリスタルアトリエにでも身を隠していようかな・・・
 
 
 と・・・


 「待ってナナ姉ぇ!!!そっちは!!!その・・・最近魔獣が出るから危ないって!!!」
 「なら、私の専門分野だ。しばらく滞在させてもらうつもりだから、代金代わりに退治してやろう。」
 「ちょっと待って!!しばらく居るってマジで!!?・・・じゃなくって、実はそっちにはドラゴンの巣が!!!」
 「庭にドラゴンがいるというのに、貴様は何故そこまで落ちついて生活出来ている。いい加減諦めろ。そして、私にダクトの場所を教えろ。」
 「マジで知らないって!!東北東の方角には何にもないよ!!!」
 「よし、東北東だな。」
 「や〜〜め〜〜て〜〜〜〜〜!!!!!」


 などと・・・
 なんとなくシャレにならない会話が聞こえてくる。 


 ってか、アリエス様がこんなに取り乱すって、お姉さまはどこまで怖い人なんでしょう・・・。



 ともなく、シルフィリアは声がする方向とは真逆・・・丁度、湖がある方向に向けて走ることにした。




 「ナナ姉ぇ!!!ちょっと!!!本気で待って!!!そっちには!!!」
 そう叫ぶアリエスだが、苦労むなしく、偉大なる姉上さまはスタスタと足を進める。
 そして・・・

 「これか・・・」
 
 ものの数分後にはダクトの排気口を見つけてしまった。
 そして、予想通り・・・
 
 いつもは鳥とかが入り込まない様にしてある排気口の網は・・・
 

 外されていた。


 「なるほどな・・・」
 
 小さな声で姉上はそう呟くと、背中に背負った和弓を静かに抜く。


 さよなら俺の人生。



 「アリエス・・・ラストチャンスだ。」


 まるで地獄の底からこみあげてくるようなプレッシャーと共に、姉上が静かな声で言う。


 「お前には彼女は居ない。これは真実か?」
 「・・・」

 命は大事です。嘘も方便です。


 「居ません。」
 「では、仮にだ・・・もし、この屋敷の裏庭。すなわち、この屋敷の敷地内にお前とセイミーちゃん以外の人間が居たら、その時は、家宅侵入の罪で憲兵に突き出し、抵抗した場合は射殺すが、問題ないな?」

 問題しかありません!!!でも、シルフィーが簡単に見つかるとも思えないし、大型スペリオル制作用の工房“クリスタルアトリエ”や温泉や遊戯場を兼ね、またプライベートなアリエス専用の別邸としてシルフィリアが作ってくれた“ジョージアン”なんかに隠れていてくれればそれこそ、「ここは物置で今は使ってない」などと、何とでもいい訳が立つ。

 
 ならば・・・


 「・・・・・・問題ありません。」

 命ハ大事。


 アリエスの答えに姉上はため息をつき・・・「そうか・・・」と小さく頷く。
 「では、例えば、ここから童話のように繋がっている『排気口を通って来た誰かが落としたであろう埃カス』を追って歩いたとしても問題はないよな・・・」
 
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・え?


 アリエスが目を凝らすとそこには何となくではあるが白い埃がホツホツと雪のように落ちていた。

 ・・・あれ?

 これってもしかして・・・



 最悪の結末? 死亡フラグってヤツですか?


 姉上は強い・・・魔相手に戦ってるだけあって、化け物なんじゃないかってぐらい。
 そして、シルフィーはもっと強い。正真正銘の化け物。

 その2人が戦ったらどうなるか・・・
 多分、双方無事では済まないだろう。



 「ナナ姉ぇ待って!!!実は俺、言わなきゃいけないことが!!!」
 「もう遅い・・・言ったはずだ。ラストチャンスだと。」
 「ゴメンナサイ!!!本当にごめんなさい!!!だから許して!!!話を聞いて!!!」


 必死に懇願するアリエスだが、姉上はそんな言葉に耳を傾ける様子すらなく、スタスタと埃を追って歩いて行く。


 

 この先は確か・・・湖だ。










 一方のシルフィリア・・・埃を舞わせつつ、やっと辿り着いたのは屋敷の裏手にある湖だった。
 この湖はその昔、ペディヴィエールがエクスカリバーを返したとされる泉の精の住まう湖であり、その清らかな水を使ってシルフィリアはスペリオルを作ったり、アリエスが食事を作ったりしている。

 また、休みの日になれば、簡単なお弁当など持って、セイミーとそれから“ランドグリーズ”・・・愛称“リズ”というフェルトマリア家執事も入れた4人でちょっとしたピクニック気分を味わったりすることもあるのだが・・・
 まあ、今はそれより・・・


 「ナナ姉ぇ!!!待って!!!話を聞いて!!!」
 「クドい。」


 何か命の危険を感じるやりとりをしながら近づいてくる声をやり過ごすことを考える方が大事だった。
 まったく、こんなことなら、専用魔法杖“ヴァレリーシルヴァン”のオーバーホールなんかしなければよかった。そのせいで、今は魔法すらロクに使えやしない。

 しかも、良くないことは重なるもので、今シルフィリアがいる場所はサスペンスの帝王もビックリの森から一部だけ湖にせり出た断崖絶壁の上。


 高さも水面下10mとそこそこにあり、景色も最高に良いのだが、今はただただ憎らしくて仕方が無い。

 というより、そもそも水は天敵だ。泳げない上に魔法も使えなくなるから・・・。

 でも、後ろの茂みからは相変わらず声が近づいてくるし・・・


 止む得ないか・・・






 そして姉上とアリエスがその場所に到着したのはその僅か数分後だった。そして、不思議な事にその場にシルフィリアの姿はない。

 「うむ・・・埃はここで途切れているな・・・」
 
 地面を見ながらまるでベテラン刑事のように言い放つ姉上にアリエスも少しほっとする。
 よかった。どうやらシルフィリアは上手く逃げてくれたらしい。
 
 でも、どうやったのだろう。後ろの森にもう一度逃げ込めば間違いなくどこかで鉢合わせしただろうし、逃げるにしても逃げ道が無い。

 また新しい魔法(たとえば透明化とか反則なの)でも開発したのだろうか・・・



 だが、これはチャンス。ここで一気に畳み掛ければけりが付く。



 「な!!!言ったろ!!!彼女なんていないって!!きっと大きいネズミでも入り込んだんだよ!!!」

 その言葉を聞いて、訝しげな表情をする姉上だが、物的証拠が途切れてしまった今、これ以上を言及することはできない。

 


 「・・・ハァ〜」


 深い溜息をついて、頭を掻きながら少し悔しそうに諦めながら言う。


 「わかったよ。今回はどうやら私の勘違いだったらしい。済まなかったな。アリエス。」
 「分かってくれればいいんだよ!!!さぁ!!!屋敷に戻ろう!!!お茶でも飲みながら旅の話でも聞かせてよ!!!」
 「そうだな・・・そうするか・・・」


 姉上は静かに崖に背を向けて屋敷の方角へと歩き出した。

 
 よかった・・・生き残った・・・はぁ・・・疲れた・・・
 あとは、適当に話を聞いて早々にご退場願うだけだ・・・
 

 そうすればまた、シルフィーとの普通?の生活が待っている。


 しかし・・・


 一つ疑問が残る・・・




 シルフィーは一体どこへ消えたのだろうか?



 魔法を使って姿を消すにしても、ヴァレリーシルヴァンはオーバーホール中だし、予備のワンドも確か今朝、枕元で見かけた気がする。

 そんな状況で魔法なんて使えるのだろうか?






 まさか、崖の下に落ちてたりして・・・





 そんな馬鹿な・・・と思いつつもアリエスはこっそりと崖の下をのぞいてみる。すると・・・








 「!!!!」





 そこには、007もビックリの技術で崖の岩肌にしがみつくシルフィーの姿があった。
 
 (何してんの!!!)
 
 姉上に聞こえない様に超小声でアリエスはシルフィリアに問いかけると、彼女は笑って口元に人差し指を持って行く。

 (バラしたくないのでしょう?協力しますよ。)

 あぁ・・・もう・・・本当にいい子だ。
 これで、シェリー様の間違った情操教育が無ければ間違いなく完璧な淑女になっていたのに・・・

 (ジョージアンの俺の部屋に隠れてて。後で夕飯持ってくよ。何がいい?)
 (大丈夫ですよ。お姉様の相手で疲れておいででしょうし、私だけシード宮殿に戻って向こうで食べますよ?)

 (何がいい?)

 (・・・クスッ・・・アジフライとオムレツとポテトサラダ。パンではなくご飯でお願いします。)

 (了解。)


 「アリエス。何をしている。行くぞ。」

 姉上の言葉にアリエスは苦笑いしながら「ハイハイ」と答える。




 2人が去って行く足音を聞きながらシルフィリアもホッと胸をなでおろす。

 よかった・・・なんとかなった。


 まあ、いつまでも隠し通すのは流石に無理だろうけど、それでも、今はこれでいいと思う。少なくとも、アリエスの口からお姉様に言いたくなるまでは・・・

 
 そして・・・


 アリエスが家族に言いたくて言いたくてたまらなくなるぐらいに自分も精進しなければ・・・
 
 うん・・・もう少し頑張らないと・・・


 見てなさい。アリエス様・・・絶対、あなたの一番の女の子になって見せますから・・・
 そう心の中で静かに闘志を燃やす。いつになく晴れやかな笑顔で・・・。


 空は蒼く、高く澄み渡っていた。













 ―ガラッ!!!!―










 「・・・・・・はい?」

 あれ?こうやってそこそこ綺麗に終わるのがシャウナクオリティーなんじゃ・・・
 なのに、何・・・今の不吉過ぎる音。


 まるで足元が崩れた様な・・・

 そんな一瞬の想いの後・・・

 シルフィリアの体が自由落下し始める。




 「ハイぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!??????」






 姉上と森に戻る途中・・・アリエスはものすごく不吉な音を聞いた。

 ドボンというか・・・ボチャンというか・・・少数の岩と人一人がまるで水面に落ちたかのような・・・

 「ん?何の音だ?」

 流石の姉上もその音には反応した。






 どうする!!!もしかしたら、シルフィーが落ちたのかも!!!
 でも、もし助けに行けば、ここまで造り上げてきた計画全てが無駄になる!!!

 見咎められて、それでおしまい。
 
 間違いなく姉上に殺される。


 ―岩が崩れただけだよ!!!―と言い訳する!!?


 そうすれば、すべては丸く収まるのだ・・・

 でも・・・シルフィーは泳げないどころか水に浮くことすらできないし、おまけに水に濡れれば、魔法を一切使えない唯の女の子になってしまう。

 自分の命とプライドを取るか、確定条件のあやふやな水におちているかもしれないシルフィーを取るか・・・

 2つに一つ・・・どうする俺!!!!





















 なんてことをアリエスが考える筈もなかった。



 音がしたと同時にドレスローブを脱ぎ棄て、

 

 「シルフィーーー!!!!!!!」


 と大声で崖の方に向かって走る。

 自分の命!?知るか!!!
 プライド!?もっと知るか!!!

 そんなくだらないモノの為にシルフィーを苦しめるんだったら、あの子と一緒に居る資格なんてない!!!



 ベストを脱ぎ、靴を脱ぎ棄て、そのまま10mの高さから臆することなく綺麗なフォームで水中へとダイブする。


 水面に水飛沫が立ち上がり、アリエスの視界が一気にコバルトブルーに染まった。

 この湖は大きさこそ中サイズだが、深さは明らかに異常・・・

 実は未だに測量できず、不明な程である。

 

 そんな中でアリエスは必死にシルフィリアを探し、水中深くでもがき苦しむシルフィリアを見つけた途端にすぐにそちらの方へ向かって無我夢中で進む。

 そして、彼女の体を抱きとめると同時にすぐに気道を確保し、口移しで人工呼吸する。

 そして、後は無我夢中で彼女を抱きしめて水面を目指した。

 救助作業はものの数十秒。
 水面に「カハッ」と顔を出すと、


 「掴まれ!!!バカ!!!」

 と姉上が崖の上から広げた傘をロープに結んだものを投げてくれた。
 必死にそれにしがみつき、姉上の魔法で崖の上に引きづり上げてもらう。


 そして、意識を失っていたシルフィリアの治療をする為にすぐにレウルーラへと戻るのだった。












 シルフィリアが意識を取り戻したのは外がすっかり暗くなってからだった。
 寝室のベッドの上で毛布に包まりながら静かに目を開けると・・・

 「シルフィ〜・・・」

 涙目だったアリエスがホロホロ泣き出しながら抱きついてきた。

 「よかった・・・ホント良かった・・・」

 抱き止めつつ、シルフィリアは状況を整理する。
 確か湖に落ちて、アリエスが助けに来てくれたところまでは記憶にあるのだけれど・・・どうもその後の記憶が曖昧だった。

 「目が覚めたか?」

 凛とした聞き覚えのあるような無いような声がそう問いかける。

 声のした方向を向くと、そこには「執事☆始めました〜お坊ちゃまは俺の王子様〜」という本を熟読する栗髪巫女装束の綺麗な女性の姿があった。

 その女性は静かに近づいてくると額に手を当て「熱は無いな・・・」と言い、次に手首に手を当てて、「だが、脈はまだ少し早くて弱い。少しの間は静かにしていろ。」と命令口調で言う。


 ああ・・・なるほど・・・この人がアリエス様の・・・



 「さて・・・」

 一通りの診察を終え、姉上は両腰に手を当てて、ベッドにいるシルフィリアとその向こう側で椅子に座るアリエスを見下ろす。




 「じゃあ、そろそろ・・・事情を話してもらおうか?」










 「実は・・・その・・・ごめんなさい。シルフィリアとは・・・その・・・なんて言うか・・・結婚を前提に付き合ってるって言うか・・・ごめん・・・同棲してます。」
 ソレを聞いて姉上は呆れたようにため息を付く。
 「・・・なんで嘘ついた?」
 「それは・・・その・・・女の子と2人で・・・いや、セイミーもいるから3人で暮らしてるなんてバレたらその・・・なんて言われるかと・・・」








 「まあ・・・知ってたがな。」


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・


 は?


 「母上から全部聞いてる。お前、重要なことは何でも母上には話すだろ?・・・私と母上がグルだとも知らずに・・・」
 「なっ!!!!じゃあ!!!!」
 「察しがいいじゃないか・・・。そう・・・お前の口から言うまでからかってたんだよぉ〜!!いやぁ〜・・・お前って本当にからかいやすいな!!!」
 「な!!!ナナ姉ぇ!!!」



 怒鳴るアリエスを姉上が指差す。



 「嘘付いたほうが悪い・・・。」

 その言葉には何も言い返せなかった。
 だって、完璧に相手が正論なのだから・・・
 

 「さて・・・シルフィリアちゃん。」

 反省するアリエスをよそに姉上はシルフィリアには話を振る。
 
 「悪かったな。ウチの愚弟のせいで、配管の中を這いずり廻らせたり、そのせいで埃まみれにしたり、苦手な水に飛び込ませたりして・・・一応、着替えさせたのも治療したのも私だ。そこの馬鹿には指一本触れさせてない。というか、さっきまでは部屋に入ることすら許さずに反省させた。安心しろ・・・。」

 「あの・・・いえ・・・今回の事は私にも責任がありますから・・・それにアリエス様も悪気があったわけでは無いですし・・・」

  そう言って、シルフィリアは深々と頭を下げる。

 「いいんだ。まったく真面目な子だな〜。ウチの愚弟のことなんて庇う必要ないんだから・・・だろ? アリエス。」
 「ああ・・・今回は全面的に俺が悪いから・・・」
 「でも・・・今回は私の無茶がそもそもの原因ですし・・・」

 「シルフィー・・・ありがとう・・・」


 その様子を見て、姉上の表情が緩やかに綻ぶ。そして・・・


 「しかし・・・」

 と、シルフィリアを見つめる。

 「愚弟・・・お前、どうやってこんな子仕留めた?お前のような愚弟のゴミには相応しくない世界がひっくり返るぐらいの美人を・・・おまけにさっき着替えさせた時に少し肌を触らせてもらったが・・・あれは、毒だ。猛毒だ。麻薬など比べ物にならないぐらいの中毒性を持った神経毒だ。さあ言え。どうやった?どうやって騙した?どうやって誑かした?」
 「・・・企業秘密。」
 「愚弟。歯を食いしばれ・・・」
 「わかった!!!ちゃんと言うから!!!」

 「まあ、冗談はさておき・・・一応、聞いておく。愚弟よ。20歳になったから法律上一切問題はないし、私が言うことでもないかも知れないし、若い肉体を持て余すのもわからんでもないが・・・不純異性合体などしておらんだろうな・・・」

 その言葉にアリエスは顔を真っ赤にする。

 「してるか馬鹿!!!!」
 「シルフィリアちゃん。本当かな?」
 「はい、事実です。同衾はさせてもらってますし、何度か私の方からお誘いしたこともありますが、アリエス様は一度も首を縦に振りはしませんでした。それどころか、本当に軽くその・・・気持良くしてあげようとしただけでも、拒絶しますし・・・」
 「・・・愚昧なる弟よ。シルフィリアちゃんというものがありながら、まさかお前・・・」
 「浮気なんてしてないからな。」
 「不純同性合体の方を・・・」
 
 「してるわけねーだろ!!!!」

 「・・・本当にか?」
 「なんで少し残念そうなんだよ!!!大体、シルフィーに手を出さないのは、俺にその・・・甲斐性がまだ無いからだし・・・」
 

 「ならばいいが・・・」
 


 「わかってくれればいいよ。でもよかった。」
 「?何がだ?」


 「ナナ姉ぇのことだから、きっとボコボコに殴られて、その後でたっぷりお説教だと思ったんだけど・・・どうにか許してもらえたみたいで・・・。」


 その言葉に姉上はクスクスと笑った。










 「何を言ってるんだ。馬鹿かお前は・・・」








 よくよく考えてみれば弟の幸せを喜ばない姉などいるはずがないのだ・・・まったく、バカだと思う。なにを慌ててたんだか・・・






























 「許すわけないだろ?ん?」












 あ・・・あれ?
 聞き間違いかな?今、許さないって言った?


 「え?えっと・・・ナナ姉ぇ?」
 「私に黙って、女の子と同棲同衾してましただぁ?そんなもの許せるわけないだろぉ?ぶっちゃけ、万死に値する。」



 あ・・・やっぱ俺の命日今日みたいです。









 「ぬぅうぅあああああぁあぁぁあああぁぁぁぁ!!!姉上タンマ!!!許して!!!マジで許して!!!頼むから射殺さないで!!!!」
 「?・・・貴様何を言っている。」
 「え?」
 「殺すわけがないだろう?」


 そ・・・そうだよね・・・。家族を殺すなんて、そんなことありえないよね・・・ふぅ〜・・・まあ、この後4時間はお説教だろうけど・・・よかった・・・命は助かった。






 「殺すなど愚策の極み。調教・・・もとい、教育は活かさず殺さずが基本だろ?そして、躾けるとなると、やはり、魂に消えぬ傷を刻むしかないではないか・・・」









 なんか命より大切な物を失いそうな気がする。


 「・・・・・・・・・・・・(ダバダバ)」
 「愚弟よ。泣いた程度で許してもらえる程、この世界は甘くない。」



 そう呟きながらも姉上は自身のボストンバックの中から2つの物を取り出す。まずは・・・首輪・・・って何でそんなのが入ってんだよぉぉぉおぉぉ!!!!!そしてもう一つは・・・
 


 メイド服・・・・って・・・



 え・・・え・・・ま・・・まさか・・・まさかまさかまさかまさかまさか!!!!



















 「さあ、弟よ。妹になる時間だ・・・。」








  その後、僅か5分で抵抗しまくるアリエスを姉上はものの見事に着替えさせた。首輪付きメイド服に・・・。ちなみにホワイトプリムにはなぜか黒い猫耳まで付いていた。





 「・・・・・・・・・プッ・・・」

 「いや!!!ナナ姉ぇ!!!着せたのあんただよな!!!何で笑うんだよ!!!」
 「いや・・・意外と似合ってたから・・・」
 「ふざけるな!!!こんなの似合うはずないだろ!!!女モノだぞ!!!ね!!!シルフィー!!!」



 「・・・・・・・・・・・・・・・・(ポッ)」



 「ちょ!!!なんで顔を赤らめて背けるの!!!ねぇ!!!なんで!!!!」
 

 「ちなみに・・・」


 と言って姉上は「ていっ!!」という掛声と共にブワッとメイド服のスカートを払い上げた。


 「ほわぁ!!!!」

 慌てて内股になり、スカートを抑えるアリエス・・・だが・・・
 ベッドの上のシルフィリアはスッと顔を背ける。



 「し・・・シルフィーさん?どうしたの?なんで一旦戻した目線をまた背けるの?」
 「いえ・・・てっきりその中は、いつものスラックスを膝の辺りまで折ってるものだとばかり思ってましたので・・・その・・・うわぁ・・・絶対領域・・・」
 「や!!!ちがっ!!!これはナナ姉ぇが!!!」
 
 
 「やるからには完璧でなくてはな・・・さて・・・アリエス・・・行こうか?」




 ん?





 行く?どこへ?







 「その姿・・・せっかくだから街の皆に見て貰う事にしよう・・・。もちろん、スカート捲りも何度もしてやるからな・・・。」



 そう呟くと姉上は首輪に付いた鎖の端をグッと引っ張る。すると当然、アリエスは方向のそちらに動くしかなく・・・しかもこの鎖・・・どうやら束縛魔法が掛けられているらしく、一切抵抗ができない。

 ということは・・・



 あ・・・あれ・・・なんでこんなに冷汗が出るんだろ・・・しかも汗をかいてるのになんでこんなに寒いんだろ・・・今は秋のはずなのにな・・・はは・・・はははは・・・



 「確か、ここから一番近い街は・・・ホートタウンか・・・うむ、にぎやかでいい街だな。姉として街の皆にもその可愛らしい我が愚弟もとい愚妹の姿を見ていただきたいと思う気持ちがなぜわからん?・・・ん?」
 














 「嫌だぁぁぁああああ!!!!!お願い!!!お願いします!!!姉上!!!!それだけは許して!!!そんなことをされたら俺もう二度と生きていけなくなっちゃう!!!命より大切な何かが無くなっちゃう!!!!」



 「丁度いい。時切機も持って行って、街の至ることで時切絵を取ることにしよう。そうすればいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも記録に残るしな・・・」






 「いやだぁぁぁあああああ!!!!殺せ!!!いっそ殺してくれ!!!!」

 「さあ、我が愚弟・・・もとい愚妹よ・・・行くぞ・・・」


 本気で暴れるアリエスを姉上は難なく引っ張って行く。すごい・・・ってか怖い・・・



 「シルフィリアちゃん。というわけだ。3時間ほど、愚弟を借りていくが・・・問題ないよな・・・」

 底冷えする声と笑顔・・・ってか「問題ないよな。」の部分は文字フォントが禍々しいモノに変わっていた気さえする。


 だから・・・


 「どうぞ。」


 シルフィリアはそう言うしかなかった。とりあえず、生まれて初めてだったから・・・抗うことが許されない絶対の恐怖にさらされたのは・・・

 アリエスがまるで雨に打たれた子犬のような眼で見つめ、助けを求めてくるが、全力でこれを無視する。



 ごめんなさいアリエス様・・・帰って来たら、いくらでも甘えさせてあげますから・・・



 「さあ、御主人さまからの許可は下りた。いくぞ愚妹。」








 「イイィィイィィヤァァァァァアダァァァァアアアアア!!!!」






 首輪の鎖を引っ張りながら姉上とアリエスが去って行く。
 
 さようならアリエス様・・・明日からはもうあなたは私の知っているアリエス様ではないのですね・・・ 




 かなり深い溜息をつき、シルフィリアはとりあえず、何か飲もうと静かにベッドから這い出た。


 と・・・



 靴をはこうとしたところ、カサッという音と共に、足先に何かが当たった。何か入ってる?

 靴の中に手を入れてみると、それは綺麗な和紙で作られた便箋だった。

 




 シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア様へ
 まず最初に謝らなければならない。すまなかった。実は、今回来たのは、偶々じゃない。我が愚弟が白孔雀をペットにしたなんて言うモノだから、心配になって様子を見に来たのだ。幻影の白孔雀・・・あの時代を生きてその名を知らぬ者は居ない・・・4000年の月日が経った現代でも“なまはげ”扱いの君がもしかしたら、我が弟を誑かしているのではないかと心配になってな。
 だから、私は君のことも少し試させてもらった。
 君が寝ている間に、薬を使って君の深層意識に直接問いかけを行った。そして、君がアリエスと付き合っている目的も分かり、納得もいった。そして、その上で私は全てを了解した。君ほど、我が愚弟にふさわしい女性は居ないと・・・。
 生物兵器なんていうからどれほどのものかと思えば、普通の女の子以上に女の子だったよ。
 まあ・・・一番近くに居る君なら理解していると思うが、我が愚弟・・・私の知る限り、あそこまで自爆的に馬鹿で晩熟な動物も多分存在しないからして、人間の可能性の凄まじさを感じると共に、新しい種としての可能性を感じずにはいられないのだが・・・でも・・・まあ・・・真面目でいい奴だ。できれば捨てないでやってほしい。
 ウチの愚弟をよろしく頼む。

 追伸 
 メイド服の件だが、あのメイド服には魔法が掛けてある。本人を除けば私と君以外の人間には普通のスーツに見える魔法がな。鎖も同様だ。一般人には見えない。だが、当然、これはお仕置き・・・。内密に頼む。だが、きっと帰ってきたら死ぬほど落ち込んでるだろうから、それとなく慰めてやってくれ。方法は君に任せる。それから、ウチの愚弟を一通り晒したら、私はまた旅に出る。本当は数日宿泊するつもりでいたが、人の恋路を邪魔した罪で、馬に蹴られて死ぬのはごめんだ・・・。見送りは不要。
 それとアリエスにはこれを渡しておいてくれ・・・

数年後には君の義姉か? ナナリー=フィンハオランより。


 そんな感じのことが美しい達筆で書き連ねられていた。
 そして・・・最後には
 

 「若いから不純異性合体したい気持ちはわかるが・・・はやまるなよ男の子。姉より。」


 とだけ書かれた小さなメモがテープで止められていた。





 まったく・・・破天荒で、無鉄砲な人だったけれど・・・
 それでも、理解はできてしまった。





 間違いなくあの人はアリエス=フィンハオランの姉だ。

 血はつながっていないのに、激しく遺伝子を感じるのはなんでなんだろう・・・

 ともかく・・・手紙からアリエスに向けての手紙を抜き取り、自分に当てられた手紙はそっと宝石箱の底にしまい込む。そして・・・

 


 「夕餉の準備でもしますか・・・」


 そう呟きシルフィリアは静かに床を出る。
 きっと、帰ってくる頃には意気消沈というか精神崩壊して、何もする気にならないだろうから・・・せめて夕食ぐらいは・・・ね。


 ああ・・・アリエス様・・・


 きっと今もあの姿を衆目に晒していると思って苦しんでいる筈。
 





 なのに、何でこんなにおもしろんだろう・・・



 「私も酷い女の子ですね・・・」
 クスクスと笑いながらシルフィリアはキッチンへと足を運び、そっと鍋を火にかけるのだった。















 アリエスを市中引き回ししながら、ナナリーはシルフィリアの深層意識とのやりとり・・・
 つまり、絶対にウソが付けない脳内とのやりとりを思い出していた。
 あの時、ナナリーはこう聞いた。



 「嘘偽りなく応えよ。貴様が我が弟“アリエス=フィンハオラン”と付き合い、添い遂げようとする・・・その目的は何だ?」


  それに対し、薬のせいで、トロンとした眼付きをしたシルフィリアはこう答えた。



 「私は・・・アリエス様との間に子供を作りたいんです。」
 「何故だ?」
 「もし、私が何らかの形で死んでしまったら・・・家督を継ぐのはあの叔父になってしまいます。」


 その言葉を聞いて、ナナリーはやっと納得した。ジラード・ルイス・ウ・フェルトマリア・・・フェルトマリア家の継承権2位にして、才能も政治手腕も無い癖に大貴族の誇りを第一に考える傲慢かつ無能な男だ。確か、今はシルフィリアを自分の長男キースに嫁がせることで、フェルトマリアの家督を得ようと躍起になっているらしい。

 そして、もしそんな人物にフェルトマリアの家督を渡してしまったら・・・それこそ、世界最良の貴族の異名はすぐさま崩れ去るだろう。
 
 しかし、もし現当主であるシルフィリアに子供が出来たとすれば、話は変わってくる。家督は当然その子供に行くであろう。

 だからこそ、シルフィリアは自分の子供が欲しいと言ったのだ。
 
 でも・・・


 「なら、アリエスでなくともいいだろう。あんな晩熟バカに任せていたら何時になるかわからんぞ?」
 「アリエス様でなくてはいけないのです。私が望むのは、自身の子供に家督を譲るのではありません。いずれはそうなるでしょうけれど、まずは夫であるアリエス様に婿養子と言う形でフェルトマリアの名を継いで頂きたいのです。」

 その言葉を聞いた時にナナリーは心臓が破裂するかと思った。


 まさか・・・そんな・・・ウチの弟にフェルトマリアの名を・・・


 「冗談だろ?」
 「本気です。むしろ、彼以上にふさわしい人間を私は知りません。フェルトマリアが世界最良たる所以・・・それは突き詰めれば、どれだけ他人に対して、優しくなれるか・・・なのですから・・・」
 「まあ、優しさだけなら、あいつは誰にも負けないとおもうが・・・」


 でも・・・


 「だが、ということは・・・お前、やっぱりアリエスのこと・・・」
 
 そう・・・すなわちアリエスはこのシルフィリアによってフェルトマリア当主に仕立て上げられようとしているのだ。つまり、彼女の目的はアリエスとの間に子供を設けること・・・それだけ・・・


 だとするなら・・・



 そこに愛情という概念は存在しないことになる・・・。
 すなわち、アリエスとの婚約すら、シルフィリアの中では単なる策略にすぎないという事に・・・




 「それは違います。」



 そんなナナリーの気持ちを察してか、シルフィリアがそう言い返す。
 
 「確かに最初の頃は、それでもいいと思ってました。ですが・・・何時頃からでしょうか・・・そんなのは嫌だと思い始めたのは・・・気が付けば、彼のことが好きで好きで仕方無くなってました。アリエス様の香り・・・体温の感覚・・・声・・・触り心地・・・性格・・・それだけではありません・・・彼の作る料理や、特に、苛めた時の口では拒絶しても、実際には目をトロトロにして、真っ赤な顔をして口元を気持ちよさそうに緩ませたあの表情なんて・・・とにかく、全部が全部大好きなんです・・・。もう、彼以外に私は体を捧げようなんて思いません。たとえ口付けであっても・・・いいえ・・・アリエス様を差し置くことすら嫌です。私にとって・・・アリエス様は唯一なんです・・・代わりはいません。他の誰でも、あの人の代役は不可能です。彼が望むのなら、私は何だって
差し上げます。お金も名誉もそれに・・・私の処女さえも・・・そして・・・そんな彼との間に子供を作って・・・できれば、そこには、セイミーとリズも居て・・・ちょっとしたアリエス様専用のハーレムのような環境の中で・・・そんな中で、自分の息子や娘にたっぷりと愛情を注いで・・・親バカとか言われてみたいんです・・・例え、それがどんなに強欲なことだとしても・・・何しろ、彼は・・・」


 おそらくこの後も甘い話が続くんだとナナリーは覚悟した。

 ただ、この後、彼女が言った一言は信じられないものだったのだから・・・







 「彼は・・・私が生まれて初めて・・・“殺したい程に嫉妬した”人間ですから・・・」




 そして、その後、その言葉の真意を聞かせてもらって、ようやく納得出来たのだ。



 間違い無い。






 シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリアはこの世で最も、我が弟のことを敬愛し、尊敬し、傍に居たいと願っていると・・・。

 まったく・・・と思わずため息が出てしまう。



 アリエス・・・お前はどこまで幸せなんだ・・・。




 この男がフィンハオランの養子になってもう12年が経つけれど・・・最初の頃は不幸の塊みたいだったあの子が・・・
 今では幸せ享受しまくりの生活の中に居る・・・。 



 正直、ナナリーがお仕置きなんてことを言い出したのは、ただうらやましくてたまらなかったからかもしれない。
 
 自分の後ろをまるでこの世の終わり見たいな顔をしながら「みんな・・・みんな、汚れちゃえばいいんだ・・・」と俯きつ歩いている愚弟のことが・・・。

 
Fin



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